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《こやま けん》
1986年早稲田大学大学院修士修了後、日本エネルギー経済研究所入所、2001年英ダンディ大学にて博士号取得。政府のエネルギー関連審議会委員、国連のアドバイザーなども歴任。13年から東京大公共政策大学院客員教授。17年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授を兼務。23年The OPEC Award for Research受賞。近著に『地政学から読み解く!戦略物質の未来地図』(あさ出版)など多数。

 日本を取り巻く内外情勢は大きく変化しており、それに対応する国家戦略が必要である。暮らしや経済を支えるエネルギーについても激動の内外情勢に即したエネルギー政策の実行が不可欠である。本稿ではその問題意識に基づき、2つの視点から今後の日本にとって重要となるエネルギー政策に関わる問題を論ずる。

 第1の課題はトランプ2・0への対応である。2025年1月の政権発足直後から異例のペースで多数の大統領令を発し、トランプ大統領は国際政治、世界経済、地政学情勢、安全保障問題などの面において世界を揺さぶってきた。国際エネルギー情勢もトランプ2・0の影響で激震に晒されている。
 トランプ2・0のエネルギー政策で国際エネルギー情勢が左右されること自体が、エネルギー供給の大宗を国際市場からの輸入に依存する日本にとって重大な問題となる。また、トランプ2・0が「パリ協定」からの再離脱を表明し、気候変動対策に後ろ向きの姿勢を鮮明にしていることも、気候変動対策を巡る国際議論のモメンタムに変化を生ぜしめ、南北対立を激化させ、中国の存在感を高めるなど、日本にとって見逃すことの出来ない国際環境変化をもたらしている。

 トランプ2・0の下で、米国の石油・ガス・LNG供給が拡大することは国際エネルギー市場の安定化につながることも期待できる一方、関税政策の深刻な影響で世界経済が減速し、エネルギー価格の低下がもたらされるなどの影響にも注目が集まっている。他方、イランに対する「最大限の圧力」をかけるトランプ2・0の下、イラン情勢の行方も国際エネルギー情勢を左右するポイントとなる。圧力を掛けつつ核協議を進めようとする米国が場合によっては軍事力行使もありうることを示唆するなど先行き予断は許されない。ウクライナ戦争の行方、米国にとって最も重要な競争相手となる中国への対応戦略などもエネルギー情勢や経済安全保障問題に大きな影響を及ぼす。今後のトランプ2・0による国際エネルギー情勢への影響を見極め、日本の国益のためのエネルギー政策を展開することが求められる。

 しかし、より直接的にトランプ2・0への対応に関連するエネルギー問題として、日米エネルギー協力に関わる課題がある。日本にとって極めて重大な問題となっている相互関税や自動車関税などを巡る日米協議においてエネルギー問題が重要な要素として取り上げられる可能性があるからである。その背景には、2月の日米首脳会談で日米協力深化の重要なポイントとしてエネルギー協力が重視されたことがある。
 関税問題を巡る日米協議では、米国側が強い関心を示しているアラスカLNGへの協力を含めLNG問題が議論の俎上に上る可能性もある。「双方にとって利のある」協力が重要だが、アラスカLNGの場合は、日本への輸送距離が短く、輸送上のチョークポイントを通らないなどのメリットがある一方、大規模パイプライン建設が必要なため初期投資コストが巨額で、経済性に課題が生ずる場合も考えられる。アラスカLNGには、関税問題によるコスト上昇や開発に相当の長期間を要する点などの課題もある。日米双方にとって有意義な成果が生まれるよう工夫と努力が必要になる。また膨大な米国LNG供給ポテンシャルを勘案し、アラスカLNGへの取組みを進めつつ他の米国LNG案件も含め、米国からの供給のスケールを拡大し、同時に消費側としては日本に加え東南アジアやインドなどの成長LNG市場も視野に入れ、日本が成長市場への橋渡し役を務めるなど、LNG協力の全体的規模を拡大することが日米双方にとって有意義となる。またLNGに限らず、原子力や稀少鉱物問題など日米双方にとって重要な意味を持つエネルギー協力の範囲を拡大し日米協力深化に貢献することが日本側の戦略としても重要になろう。

 第2に、長期的なエネルギー政策課題として、2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画(以下、基本計画)の実行に関わる問題がある。この基本計画のポイントは、新情勢に対応したエネルギー安全保障の強化を特に重視したことである。ウクライナ危機後の国際エネルギー情勢の不安定化を強く意識した政策となったことも重要だが、特筆すべきは電力安定供給確保を最優先課題としたことであろう。
 その重要な背景には、成熟し人口減少が進む日本でも、脱炭素化への取組みの影響に加え、生成AIの普及拡大、データセンターの大幅増設などの新たな情報革命進展で、電力需要が長期的に拡大する、との見通しが強まっていることがある。これまで、電力需要は減少すると見込まれていたところから、重要なパラダイムシフトが生じることとなった。増大する需要に対応するための供給力拡大には長い時間が必要となる。そのため、基本計画の実行は待った無しの課題である。

 日本にとっての最優先は、原子力の再稼働と既存炉の有効活用であろう。また長期を見据えて建替えなどに取り組む必要がある。安全性を確保し、国民理解を得て既存炉を中心に原子力の有効活用を図ることは、電力需要を安定的に、競争力ある価格で、脱炭素電力を供給する重要な対策となる。だからこそ、基本計画では原子力と再エネをともに「最大限活用する」と位置付けることとなった。従来の基本計画では原子力への依存度を「可能な限り低減する」としていたことから重大な方針転換を行ったのである。

 最大の電源となるべく重視された再エネの拡大を進め、合わせて供給変動に対応する蓄電システムや連系線(電力系統同士をつなぐ送電線)強化を適切に実施していくことも重要である。引き続き重要な役割を担う火力発電については、脱炭素化を着実に進めつつ、LNGの長期契約確保など、燃料安定供給対策も必要となる。また電力自由化の中で、必要な供給力や予備力を適切に確保するための制度整備なども重要となり、まさに電力安定供給確保に向けた総力戦に臨む必要がある。これらはまさに基本計画実行の最重要の要である。

【速報版】 令和7年5月19日 週刊「世界と日本」NO.2293号より