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《おりた くにお》
1952年愛媛県生まれ。1974年防衛大学校卒業、航空自衛隊入隊。1983年米国の空軍大学へ留学。1990年第301飛行隊長、1992年米スタンフォード大学客員研究員、1999年第6航空団司令、航空幕僚監部防衛部長などを経て、2005年空将。2006年航空支援集団司令官(イラク派遣航空部隊指揮官)。2009年航空自衛隊退職。(一社)日本戦略研究フォーラム政策提言委員。2022年、正論大賞を受賞。

 世界数10カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べる世界価値観調査(World Values Survey)がある。2021年1月に行われた調査で「もし戦争が起こったら、国の為に戦うか」の問に対し、「はい」と答えた日本人は13・2%で79カ国中、飛びぬけて最下位だった。
 日本に次いで低い国はリトアニアであるが、それでも33%を超す。ちなみに1位はベトナムで96・4%、近隣諸国では中国が88・5%、台湾が76・9%、韓国67・4%だった。平均が約60%なので日本の異常な低さが際立つ。同時に「わからない」と答えた日本人は38・1%であるが、これも断トツ1位である。この数字は何を意味するのだろう。

 筆者は今、大学で安全保障を教えている。講義の初回と最終回(14回目)に同じアンケート調査をすることにしている。設問は同じで答えを「はい」「逃げる」「降参する」「分からない」の4択にしている。
 学生数は150~190名と学期によって差はあるが、回答はほぼ一定である。講義の初回では、「はい」と答える学生は約15%である。だが、最終講義ではこれが90%前後となる。何より注目すべきは、初回で「分からない」と答えた学生は40%前後だが、最終回では、これがほとんどゼロになることだ。
 筆者は別に「国の為に戦うべきだ」と教えているわけではない。講義は、「国家」「国益」「抑止力」「パワーバランス」「核兵器」「国際連合」「安全保障政策」といった安全保障の基礎知識を教える。加えて講義の最初の30~40分は、最近の国際社会の出来事をブリーフし、世界情勢のリアリズムを学ばせることにしている。

 毎回、授業レポートを提出させるが、「知らなかった」「初めて聞いた」「驚いた」の所見が多い。「抑止力」という言葉を初めて聞いたという学生もいた。大半の学生は、新聞を読まず、テレビも見ない。SNSでニュースのヘッドラインは知るが、内容はほとんど知らない。だが学生は情報や知識には飢えている。講義冒頭の国際情勢ブリーフには寝る学生はいない。国際情勢を学べば学ぶほど、リアリストに変身していくのは自然なことだ。
 最終講義でのアンケートで「はい」と答えた学生も、多くが「自衛隊に入って戦うわけではないが、何らかの形で戦わざるを得ない」という答えである。現実的で健全な意識だと思う。何より「分からない」と答える学生がゼロになるのは、安全保障を他人事ではなく、我が事として考えるようになったということだ。若者の国防意識の低さは、「教えざる罪」、つまり我が国の教育の欠陥によるものだと思う。

 日本の学校教育では、特に軍事や安全保障は忌避され、考えないことが平和に繋がるという誤った雰囲気を蔓延させている。日本の頭脳が集まるとされる日本学術会議が、「軍事研究」はしないと宣言していることの悪影響は大きい。
 ウクライナ戦争をみるまでもなく、戦争は一旦始まったら、終わらせる方がはるかに難しい。日本は平和主義が徹底しており、他国を侵略することはない。だが、侵略されることはあり得る。敵の攻撃があって初めて立ち上がるという「専守防衛」は国民に犠牲が出ることを前提としている。国民の犠牲を前提にする政策など政策たり得ない。「専守防衛」を採用するのであれば、絶対に日本を侵略させない強固な抑止力の構築が不可欠である。
 抑止力は攻撃されたら反撃する「意志」と「能力」の掛け算によって成り立つ。どちらが欠けても抑止力はゼロになる。加えて日本が反撃する強い意志と能力があることを敵に認識させなければならない。「13・2%」の防衛意識で、敵が「日本与み易し」と認識すれば、戦争は抑止できない。

 ウクライナはロシアの侵略に対し、自らの国を自らで守るという強い意志で戦っている。だからこそ国際社会は、支援を続けられる。「13・2%」が本当の日本の姿であれば、抑止力が成り立たないばかりか、国際社会の支援どころか、日米同盟も機能しないだろう。
 筆者は「13・2%」が日本人の真の姿とは思わない。日本人のDNAには先人が示したように気高く、愛国心に満ち、御国のために尽くすことを善とする本能が刻み込まれている。ただ、「教えざるの罪」によってこういった本能が抑圧されているのだ。
 筆者は自衛隊に約40年奉職したが、このことを身をもって体験した。平均的若者は「教えざるの罪」の犠牲者であるが、自衛隊で教育訓練を受けると、持ち前のDNAが発芽し、真の紳士、淑女、そして素晴らしい戦士に育つ。

 自衛官の質的レベルは高い。他国と共同訓練をやっても一目置かれる存在だ。今や国民に最も信頼される組織となっている。だが自衛隊には特別な人が入隊するわけではない。「13・2%」を象徴する平均的な若者が入って来る。君が代が歌えない、礼儀を知らない、挨拶ができない、満足な言葉遣いもできない若者も多い。
 だが、自衛隊の教育を受ければ、親も驚くほど変身する。自衛隊の教育は一言で言うと「『公』の復活」である。入隊したら宣誓をする。「事に臨んでは危険を顧みず・・・」と。「個」や「私」の優先から、一転して「公」に尽くす価値観を教えられる。教育訓練を通じ、人に尽くす喜び、国家に尽くす生甲斐を自覚すれば、立派な自衛官に変身する。

 人間は本来、世の為、国の為に尽くすことを喜びとするDNAを持っている。「あらゆる人間愛の中でも、最も重要で最も大きな喜びを与えてくれるのは祖国に対する愛である」と歴史家キケロは語る。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と聖書にもある。このような普遍的価値観を教え、日本人が本来有するDNAが発芽した時、若者は真の日本人に変身する。自衛隊生活約40年で実体験したことだ。筆者はこれまでの経験から、確信を持って言えることがある。「最大の国防は良く教育された市民である」(トマス・ジェファーソン米大統領)ということだ。

【速報版】 令和7年7月21日 週刊「世界と日本」NO.2297号より