国際政治力学が大きく変わりつつある。 世界の警察官たる米国の力が相対的に低下したこともあって国際社会は再び「紛争の時代」に入った。こともあろうに国連常任理事国であるロシアがウクライナに対して公然と侵略戦争を仕掛け、中東でもテロと紛争が続いている。世界平和の調停役である国連は全く頼りにならず、かつ米国をもってしてもロシアの侵略を阻止できない。米国が味方になってくれればそれで安心という時代ではなくなってきたのだ。 我が国にとって深刻な問題は、ロシアの10倍以上の経済力と軍事力をもつ中国が日本のすぐ隣に存在しているということだ。中国は21世紀に入って驚異的な経済発展を遂げ、2010年頃からインド太平洋地域で威圧的な動きを強めるようになった。南シナ海に軍事基地を設け、台湾に対する「武力統一」を公言し、台湾・沖縄を含む東シナ海で軍事訓練を繰り返している。 中国の軍事的台頭に対して日本は幾つかの選択肢がある。
第一は、中国の威圧的な対外行動を容認し、中国の影響下に入ることを甘受する道だ。 第二は、中国による「力による現状変更」を米国によって抑え込んでもらう道だ。だが、軍事大国となった中国を、もはや米国だけで抑え込むことは困難だ。 戦後半世紀以上にわたって我が国は安全保障を米国に依存してきた。しかし日本が主体的に動かなければ、貿易立国の基盤である「自由で開かれたインド太平洋」秩序を守れないばかりか、尖閣諸島なども喪いかねない。 そこで2012年12月に発足した第2次安倍晋三政権は、第三の道を選択した。それは、自らの経済発展と軍拡、そして米国を始めとする自由主義陣営を結集して中国の威圧的な行動に立ち向かう道だ。 この第三の道に向けた政権構想を作ったのは、派閥横断型政策集団・創生『日本』(平沼赳夫顧問、安倍会長)であった。
創生『日本』は2012年春、中国の軍事的台頭に伴う国際情勢の激変への対応と長引くデフレからの脱却を目指し、『新しい日本の朝へ(中間報告・素案)』を策定した。その前文には以下のように記されている。 《隣国・中国の軍事的台頭による日本周辺の軍事的・外交的環境の激変。米国は依然として最強のスーパーパワーであることは事実としても、今や力の相対化は否めず、日本の主権と独立の確保のみならず、アジアの平和と安定のために日本が果たすべき役割は増大している。 しかし、この現実を前に、日本が何らの対応もなし得なければ、日本は独立の国家たり得ないだけでなく、「誇りある国家」として存続し得ない。そのような現実を乗りこえるべく、日本は今こそ現行の憲法を基盤とする体制を見直すとともに、国家としての明確な意思を確立することが求められている。》
こうした問題意識のもと、2012年12月に発足した第2次安倍政権はアベノミクスを掲げて経済成長を目指すと共に2013年、戦後初めて日本独自の国家安全保障戦略を策定し、自由主義陣営を結集しつつ、「自分の国は自分で守る」国家体制の再構築に着手した。 特定秘密保護法、平和安保法制などを次々と制定して「有事」に対応できる法整備を整え、日米同盟を強化するだけでなく、豪英仏加印などと軍事協力関係を構築してきた。 この国家戦略を更に強化したのが岸田文雄政権だ。2022年12月、反撃能力の保持を謳った新たな国家戦略を策定し、5年間で43兆円の防衛費を使って防衛力の抜本強化を始めた。 力の信奉者である中国との戦争を回避するためには、こちらも力がないといけない。そう考えて我が国はこの十数年、中国との対話を続ける一方で、日米同盟の抑止力、対処力を向上させ、かつ豪英仏加印といった同志国を糾合してきた。 だが中国の習近平政権は台湾に対する「武力統一」を断念するつもりはなく、台湾周辺で大規模な軍事演習を繰り返している。しかも大規模演習は、恫喝目的の訓練ではなくなりつつある。米インド太平洋軍のS・パパロ司令官は2025年2月13日、ホノルル防衛フォーラムにおいて中国の軍事演習が2022年の6個旅団から2024年夏には42個旅団に拡大し、150隻の艦艇と200の水陸両用戦闘車両が参加する大規模なものに変容したと報告、これらは「単なる演習ではなく、リハーサルだ」と警告した。
こうした厳しい情勢判断のもと、米国は昨年12月23日、2025会計年度国防権限法を成立させ、実に8950億ドル(約140兆円)もの国防予算を決定した。2015年は5604億ドルだった国防予算を10年で1・5倍近く増やしたことになる。その狙いは「中国の抑止」だ。米国も必死なのだ。 だが、それでも台湾「有事」を回避できるとは限らない。しかも中国はロシアや北朝鮮と連携して台湾だけでなく、朝鮮半島や南シナ海でも同時に紛争を仕掛けてくるシナリオも想定され、現有の米軍兵力だけでは対応できない。 そこで3月30日、中谷元・防衛相との初会談後の記者会見でP・ヘグセス米国防長官は「中国共産党の威圧的な行動に日米は結束して立ち向かう」「西太平洋で有事に直面した場合、日本は前線に立つことになる」と言及したわけだ。
こうした国家的危機に対応すべく自民党保守系議員も動き出した。6月29日、高市早苗、小林鷹之衆議院議員らが所属している創生『日本』(衛藤晟一幹事長、木原稔事務局長)は「日本がめざすべき道」とする以下のような新方針を公表した。 《「台湾有事は日本有事」という認識のもと、自分の国は自分で守る防衛・インテリジェンス体制を強化し、同盟国・同志国との連携を深め、「自由で開かれたインド太平洋」を推進する。親の世代の家族が存命のうちに全拉致被害者の即時一括帰国を実現する。軍事組織としての自衛隊、緊急事態条項を明記する憲法改正を何としても成し遂げる。》 平和を維持してこそ経済活動も社会保障も成り立つ。我が国の最優先事項は、台湾「有事」を抑止し、「自由で開かれたインド太平洋」を守るため、防衛費のさらなる増加を含む国家安全保障体制の拡充だ。
【速報版】 令和7年8月18日 週刊「世界と日本」NO.2299号より
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