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2期目のドナルド・トランプ政権が発足して8カ月となる。大統領に就任してからトランプは中小国の主権を軽視したり、領土併合を示唆するような発言を繰り返してきた。太平洋と大西洋を直接結ぶ海上交通の要路で、1999年にアメリカからパナマへと管理権が移譲されたパナマ運河について、トランプは「通行料が高すぎる」等と不満を表明し、管理権の返還を求めてきた。デンマーク自治領のグリーンランドについても、その所有は「国家安全保障にとって絶対に必要」と断言し、購入に意欲を見せている。この他にも、「カナダはアメリカの51番目の州になるべきだ」と発言したり、「メキシコ湾」の呼称を「アメリカ湾」に改める大統領令に署名するなど、枚挙にいとまがない。 こうした発言から見えてくるトランプの世界観は、侵略や領土併合が国際法で禁じられていなかった19世紀のそれだ。トランプの就任演説には「明白なる運命(Manifest Destiny)」という概念が盛り込まれ、「領土の拡大」もうたわれた。「明白なる運命」とは、1845年にジャーナリストのジョン・オサリヴァンが提唱した「領土拡張は神の意志」という考えで、19世紀から20世紀転換期にアメリカの領土拡大や帝国主義的な進出を支えた考えだ。 そうした懸念は、8月15日に米アラスカ州アンカレジで開催されたトランプとロシアのプーチン大統領の米露首脳会談後、いよいよ強まっている。トランプとプーチンが会うのは2019年以来で、2022年にウクライナ侵略が始まって以降、初の米ロ首脳会談で停戦や和平の可能性が話し合われた意義は小さくない。問題はそこで話し合われた「平和」の内実だ。両首脳は会談後に共同記者会見に臨み、「生産的な会議だった」などと自画自賛したが、プーチンは、停戦のためには「危機の根本原因を取り除く必要がある」と従来の主張を繰り返し、占領しているウクライナの領土について一切譲歩する姿勢を見せなかった。 アラスカ会談では停戦に向けた具体的な道筋はつけられなかったにもかかわらず、会談後トランプは「当面は新たな対露制裁については考えない」という態度に転じた。そもそも、トランプが米露首脳会談の開催を発表した8月8日は、「ロシアが停戦への努力を見せなければより厳しい制裁措置をとる」と、トランプ自身が設定していた制裁強化の検討の期限だった。しかし結局、対露制裁の強化は、米露首脳会談の開催決定を受けて延期され、さらに会談を経て、その可能性自体が放棄されつつある。プーチンは、ウクライナの戦争から得たいものはすべて得た上で、ウクライナの頭越しに米露関係を正常化させ、国際社会へと復帰していくつもりだろう。プーチンに対しては、ウクライナの占領地域から子供たちをロシア側に移送したことに関し、戦争犯罪の疑いで国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状も出されている。アメリカはICCに加盟はしていないものの、こうした人物と、トランプはレッドカーペットの上を並んで歩き、大統領専用車「ビースト」に同乗したのだ。ここまで厚遇する必要はあったのだろうか。プーチンからみれば、アラスカ会談は、何も失うことなく、将来の制裁強化の可能性を回避し、「自分はアメリカに堂々と訪問でき、大統領に厚遇される存在だ」と国際社会にアピールできた、極めて有益な機会であったが、ここから一体アメリカは何を得たのか。むしろ国際的な信頼など、失ったものの方が巨大ではないか。 トランプは貿易政策については中国を敵視しているが、大国として対等な交渉相手ともみなし、中国の習近平国家主席との早期会談に意欲を示している。日本はアメリカとの「価値の共有」をうたってきたが、日米の価値観の共有を大前提に、アメリカと歩調をあわせていればよかった時代は過ぎ去りつつある。日本もまた、こうした大国中心の平和に呑まれていくのか、それともこうした平和に異議を唱える国々とともに国際法に則った平和を諦めずに追求していくのか。私たちの主体的な選択が求められる局面だ。 【速報版】 令和7年9月1・15日 週刊「世界と日本」NO.2300・2301号より |
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